黒井城

2010年03月23日(火)19 : 03 : 58
まるできな粉をまぶした様な朝。( 黒田 黄砂
予定では4:30に起きて5:09の列車で日本海側へ中央分水界を超え、
行って帰って6時間、昼にはサウナで一息入れてるはずだった。

ほぼ40日ぶりの休みだ。
適当に行き当たりばったりで、結局無為に過ごす羽目になる休日は精神衛生に悪い。
分かっちゃいるが、やっぱり寝坊して7:30起床。
あきらめ気分で適当に過ごすつもり、どこかで降りて日頃の疲れを取ろうと電車に乗る。

京橋で下車かと思いつつ、いつにない乗り心地の良さに遅くなったが予定通り出かける事にする。
終点福知山線篠山口で降り、乗り継ぎ待ち40分・・思いのほか時間を消費する。
このまま戻ろうかと迷うが、トイレを使いジョージアのMAXコーヒー練乳入り
と云う見たこともない缶コーヒーを自動販売機で買って飲んでいると妙に落ち着き、
携帯でフィリピン語を話す若い男の横で集中して読書(時代物)していた。
空気も相当によく、黄砂も山間のトンネルを抜けたあたりからすっかり無くなって青空が広がっていた。

同じホームでワンマンカーに乗り換えて、
妙に一駅区間が長く停車時間がそれ以上に長い山間の路線を進む。
目的の駅に到着したのは11:00過ぎ。
そのまま知らんぷりで改札を出ても良かったが、(あかんって)
駅員を呼び止め定期を提示、清算する。
一応黒井城址へはと道を聞いておく。
目の前に見えているし、大した山じゃないと多寡をくくる。
猪ノ口山(丹波市春日町黒井)標高357m。東京タワー程度だ軽い\(o|o)/
妙に嬉しそうに説明する駅長からパンフレットと神戸新聞のコピーを手渡された。
階段を上る程度の登攀のように思う。

駅と登山口

登って降りて精々一時間と見積もった。
ゆったりと肌寒さを感じながら、北へ向う坂を歩き出す。
空気も家並みも道も綺麗な、でも静かすぎる村である。
飲食店もコンビニも見当たらず、人もまばらな山間の村である。
山上からスーパーでも探して帰りにおにぎりでも買おうと思う。
数十分後大きな後悔を抱くとも知らず、軽い気持ちの普段着革靴の軽装だった。

他にも城址や史跡など山ほどある。
なんでよりによって黒井城址なのか?
微妙な所縁(ゆかり)にて、お彼岸の墓参りていどの気分・・

kasuga.jpg観光案内に出るくらいだから、この連休に訪れる人もいるだろうと思う。
その人たちの後を登ればよい。
が、人っ子一人いないし、確かに登山口の看板はあるが、
それらしき登り口は見当たらない?(何故かが二羽と、うこっけいが数羽いたが(@_@;))
やむなく春日局(お福)の出生の館(興禅寺)の脇から靴後の見える湿り気を帯びた山へ分け入る。
昨夜の雨が茶色い水たまりを造る場所を避けながら落ち葉を踏みしめ昇り始めた。
すぐ自然動物保護柵へぶつかり迂回しながらも昇るが、引き返そうと思う。
これ以上の傾斜を登るときっと降りれなくなる。
服が汚れて惨めな帰路につくのも不本意だ。

と思いながらもう少しもう少しと登っている。
蜘蛛の巣を払いながら、滑って地に這いながら、
手は泥だらけでも、何とか服は守られている。
ただ、靴が汚れるのが嫌だった。

あかんあかんもうあかんと下山を決めて下を見ると降りる自信もなくなった。
こうまでして登らなければならない義理も人情も金も女も何もないが、
もう少し登れば台地がありそこから何となく降りれる道があるように思う。
よしと 手につかんだ木が、すっぽと抜けるように折れた
このまま転がり落ちるのだ、泥だらけの服と血のにじむ頬を好奇の眼に晒しながら帰るんだ。

・・・手に持ったままの折れた木が斜面に衝き立った。
体は支えられしばし時間が止まったようだった。
さっぁ降りようと思ったが、
地に刺さったこの枝が、まるで誂えたような杖なのだ。
何かに導かれるように杖を頼りに調子よく、ひらけたはずの台地へ体を持ち上げた。
が保護柵に阻まれる。~>゚~~~
えーいままよ!保護柵のゲートを開け中へ踏み込んだ(・_・;)
はたして城址に行きつけるのか、そして下山できるのか?

にしても貴重すぎる休日に湿った薄暗い山中で一体何をしてるのだろう(゚゚;)(。。;)
言っておくが(誰に?)、愛用のAPSカメラの電池が切れた。
もうひとつデジカメのバッテリーが切れかけている。
おまけに携帯へは店からの連絡が続きカメラ機能で電池を消耗させるわけにいかない。
だましだまし数カットのショットにとどめる。

どうなる3月21日秋分の日。。つづく・・

ほんだらまた。
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