黒井城#2

2010年03月25日(木)12 : 59 : 04
山中は気温が低く、まだ土の中なのか?虫を見かけることは無かった。
ただ目に見えない鳥の鳴き声が近くに聞こえる。
自然動物保護柵は登山者は開けて入ってよいようだ。
入った後は、忘れずに閉めて閂をかけておくようにと書いてあるよう。
が、その表示は見るも無残な状態で読めない。

それに気付かぬまま何個かのゲートをパスし続けたのだ。
これではいつまでたっても本丸に行きつくすべもなく・・・(-。-;)
寒いほどの山中に汗したのである。

柵を潜るとやがて傍道と云えそうな道があった。
萎えた気力を取り戻し、お茶くらいは持ってくればよかったかなと喉の渇きを覚えた。
道なりに登ると程なく本丸まで600mの看板を見つける。
山に入ってゆうに一刻(二時間)弱が過ぎていた。
立ち止まり立ち止り登る。
ishibumi.jpg
中腹にある「石踏の段跡」赤井氏の招魂碑が建っている。
織田信長の丹波攻略に、黒井城は八上城とともに頑強に抵抗し、天正3年(1575)明智光秀の黒井城攻略が開始された。城主赤井直正(丹波の赤鬼荻野悪右衛門直正)はこの城を拠点として、諸将を率いて奮闘善戦し武名をあげた。直正の病没後、子の直家が叔父幸家の後見のもと抵抗を続けたが、明智勢の大軍の前に天正7年(1579)8月9日、黒井城は落城した。これを皮切りに氷上郡は光秀に完全に制圧される事になった。


東曲輪・三の丸
このあたりでまた保護柵があり開けて中へ入る。
二の丸・・・・
この辺りから蝶が一匹衝かず離れず先導している。
生き物と云えばこの蝶だけ?
higasikuruwa.jpg
調べると絶滅危惧種で尚この時期は見かけないはず??
標本名(和名) キマダラモドキ
RDB(レッドデータブック) 絶滅危惧II類
目 鱗翅目
科 タテハチョウ科
学名 Kirinia fentoni
発生時期 7月~8月


それからまだ四半刻後、揚々ぼろぼろの体で頂上へたどり着いたヘ(^^ヘ)(ノ^^)ノ
hugetu.jpg
なんと爽快で見晴らしも良し。
汗ばんだ服を脱ぎ捨て・・裸になる。
持っていたハンドタオルで汗を拭くと、なんともはや心地よい!

後で気付くが、登城記には「登山は掛け値なしにキツい」
と多く書かれていた;-_-;

帰り道はやはり蝶が二の丸辺りまで見送ってくれた。
杖がやはり役立ち軽快に下山する。
途中草ずれの音と共に、左目の端にちらっと走る物を見た?
来た道とは明らかに違う段差はきついが歩きやすい道だった。
honmaru.jpg
山上から目をつけておいたスーパーへ立ち寄り
手と顔を洗い、カレーパンと高菜おにぎりと缶コーヒーを買って、駅へ向かった。
スーパーには駅に着いてから会った人の10倍は人がいた。

到着した列車とは反対のホームへ身を置いてパンを齧ってると、
反対のホームから、お客さん大阪はこっち側ですよと駅長が声を張り上げていた。
ローカル線は不思議だ?
複線なのに一方通行ではないようなのだ???

登山口が分からないし道も見当たりませんでした。
というと、駅長は笑顔で、有りませんよと・・
言え最初に言え (#`皿')<怒

実にこの山に居たのは私一人だった様なのだ・・が、
登り口の看板あたりで先を行く赤い人影を見ていた。
それにふーふー言ってる時でさえ見えない赤い気配があった?
いったい赤い人はどこへ行ったのだろうか?

まぁいい!
少々充実した気分だ。
杖と蝶と赤い人は妙な話だが、
案外歓迎されてたのかもしれない。
一応は登ってよしとしよう。

左の小指に少々の摺りキズがある程度で、
難儀したにしては服も靴も全て無事である。
いまだふくらはぎと脛は痛いが。。。。

ほんだらまた。
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Comment
誰もご一緒しないでしょ
少なくとも、人の居る所を歩きます。

ごめんなさい。
No title
店長♪さん、どうなるのかとどきどきしながら読んだわ。
きっと誰かが守ってくれたのね。
良かった、良かった。

店長♪さん、もう一人歩きはいけませんよo(*≧□≦)o ダメ~!!

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