ぢつと手を見る。

2010年05月26日(水)19 : 35 : 04
石川啄木が記した1911(明治44)年の日記の欠けていた2ページが見つかり、
13日の啄木忌を前に、函館市中央図書館に収蔵された。
と先月に報道されていた。

昨夜、壁に○大のラグビー部の新聞記事の切り抜きが貼ってあった場所に、
絵葉書が貼ってあった。
そこに 「はたらけど はたらけど なおわが生活くらし楽にならざり ぢつじっと手を見る」
と書いてありそれらしいイラストが描かれてある。

さて、これが誰の短歌か?どのような思いが込められているのか?
知っていて貼っているだろうか?

最近、お守りっぽいもの、自己啓発っぽいものを家で見かける。
一体どういう意味や心境の変化があるのだろうか?

ちなみに、どんなに働いても貧しいままで、
先が見えない労働は言いようがなく辛い。
手のひらに視線を落とし、疑問や諦め、自分の無力さや徒労感を強く感じる。
が正しい読み方だろう。

決して、働いて給料もらっても自分の納得いくほど遊べないと云う意味ではないのだが・・
読みたがってはいないだろうか_| ̄|○

にしても明治時代のこの短歌、現代のワーキングプアではないのか!
石川啄木の感性に少しでも触れる事が出来れば、壁の絵ハガキも有益だが、
ぢつと手を見る店長 へのあて付けなら啄木も不本意であろう。

ほんだらまた。
鬼某 | Comments(0) | Trackback(0)
Comment

管理者のみに表示
« 着信2 | HOME | 労わり »