6完治

2010年07月26日(月)14 : 25 : 46
1Gメン・・?!
2艾・・?!
3それでも効果があれば・・
4朝令暮改・・
5麻酔・・


結局は入院手術となる。
当時の事、今のように手術から三日四日で退院とはいかない。

まして大切に育った 痔ろう である。
悪化に悪化を重ねた患部は括約筋を侵食している。
入院後直ぐ絶食、下剤と手術の準備に三日ほどかけた。
その間に、看護婦に陰毛を剃りおとされたが、
なんともはや、赤面状態であった。

もっと早く処置していればと後悔し、
当時は社長の今はスタジオ○リスの会長を恨んでも見た。

同級生の開業医に紹介してもらったのが功を奏したか、
堺市民病院の名医が担当したようだ。
再発の多い痔はあれから30年一切顔を見せない。

手術後ボーとした頭と動けない体でいながら、
誰も見舞に来ていない。
隣に入院しているおじいさんの奥様が心配してくれていたが、
無理して、動いていたら、案の定翌日からひどい頭痛に悩まされた。
麻酔後に体を動かすとこのような症状になるらしい。

なぜ親も兄弟も親戚も見舞にこないのだろうか?
まして、痔とは言え下半身麻酔はきついものである。
たぶん大仰には考えてなかったのだろう。
そして兄はその頃、車を積載した船上から、
インド洋へ釣り糸でもたらしていたのかもしれない。
某船舶会社の社員で、今は陸勤務でそうは遠くない所に住んでいるのに
今も滅多に顔を合わせない(-"-)

さてその後一月も入院していたのだが、気楽なものである。
寝ちゃ食い寝ちゃ食いの連続で、隣の爺さんのテレビまで独占していた。
ただ排便の後にナース室へ行って、金ダライに消毒液を入れてもらい、
一人処置室で、ケツの穴を洗うのがわびしかった(゜゜)
この処置をバードと言っていたが、何という意味だろうか?

アリスの(当時写真のニッポー)社員アルバイトたちが入れ替わり見舞ってくれた。
所長の不品行で潰れてしまった劇団あすなろのデスクの子も遠く兵庫の小野から
免許取り立てで真っ赤なファミリアを駆って来てくれたのが、今にして思えば一番うれしかった。
退院時も手伝ってくれたのはその子だったように記憶する。
あの子をもっと大切にしていれば、今の店長の人生は大いに違ったものになっていただろう。
このブログだって、書いてないように思う。

退院後、アリスの当時の社長へ報告する。
「でわ、明日から淀屋橋へ入ってくれ」と一言!
入院前と変わらず、アルバイトに精出し、夜はレッスンへ通い、
時折、俳優やモデルの仕事(本業)へという生活が戻ってきた。
ただ、出血とあの地に沈み込むような鈍痛とは完全に縁を切る事が出来たようだ。

社長に乗せられ、腰とお尻に、大きな火傷後を創ったものの、
とうとう悲喜こもごも重ねながらの痔ろうともおさらば出来たのである。

さて、今度はス○ジオア○スの社長(現会長)が港区でネズミ取りを振り切って
カーチェイスをした話でもしようかな(@_@;)



ほんだらまた。
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Comment
いや~面目ない
感動作はやせ我慢です。
お笑いは現実逃避です。
もう少し、安定してればと思います。
精神も生活も!
いつもありがとう。
No title
店長さ~ん(*^^)v

この間まで、感動したり、ほ~って感心したり、ほっと癒される内容だったのに・・・痔・・・(笑)
店長さんって、めっちゃおもろい人ですねi-278

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